The Assumption of Mary Takarazuka Catholic Church
 被昇天の聖母 カトリック宝塚教会
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兵庫県宝塚市南口1丁目7番7号
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FAX 0797-72-6785


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◆教会報「よろこび」 被昇天号 巻頭言◆

「わたしの主のお母さまが
わたしのところに来てくださるとは」
(ルカ1:43)

主任司祭 カレンガ神父

 皆さん、マリア様の被昇天、おめでとうございます。マリア様の被昇天の記念日は私たちの教会の創立記念日と重なります。このたび教会における共同生活について黙想できればと思います。

 人間が作る共同体は、天国にもなれば、地獄にもなれると言えます。洗礼を受けた者である私たちが作る共同体はどうでしょうか?いつも共同体の中で幸せそうに生活していた人が突然見えなくなったり、または豹変し、態度が突然冷たくなったりするという現象を、みなさんは見られたことはないでしょうか。同じ目的をもって、教会に集う私たちは、みんなそれぞれがもっている生活スタイル、性格、仕事、ステータス、年齢、家族構成、などが違います。その違いを持つ者同士の集いにおいて誤解されたり、理解されなかったりする体験は誰しもしているものだと思います。その時、人間は皆、生存戦略の一手としては他の人を批判することを選ぶと言われています。それでも、自分が望まれる形で聞き入れなかった場合に次の手は引きこもりという生存戦略だそうです。引きこもるまでの間、プチ引きこもりがあるとされ、教会共同体の中で、それを生存戦略として選ぶ人もいないことはないのです。教会の中で本音が言えないとか、困った時に教会に行く勇気がない、などという意見もよく聞きます。世界の皆「兄弟」「家族」と教わっています。けれど、病で疲れるように、この家族の不和などで疲れることもあります。教会内外で皆を「兄弟」にしようとして疲れを感じる人イエス様は、「疲れた者、重荷を負う者、誰でも、私のもとに来なさい」と招き教えています。

 マリア様とエリザベト様が語り合ったように、社会や教会の中で、私たち一人一人が自分の人生物語「My Life Story」を語り合う良い仲間を見出すことを願いたいものです。「わたしの主のお母さまがわたしのところに来てくださるとは、どういうわけでしょう。あなたの挨拶のお声をわたしが耳にしたとき、胎内の子は喜んでおどりました。(ルカ1:43〜44)」


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