「四人の中において、分けて御はくい、いめしきない」
さて、これはどういう意味かお分かりでしょうか?
これは、長崎・外海地方のキリシタンたちが言い伝えてきたオラショのひとつ、『ガラサ』あるいは『あべまりあ』と呼ばれた聖母マリアの祈りの一部です。
宣教時代の教理書『どちりな・きりしたん』の「女人(にょにん)の中にをひて、わきて御果報(おんくわほう)いみじきなり」がなまって口承されたもので、
文語訳の『めでたし』では「御身は女の内にて祝せられ」、
現在使われている口語訳では「主はあなたを選び祝福し」の部分にあたります。
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『どちりな・きりしたん』には、この『あべまりあ』の祈り方として、次のような一文があります。
「百五十ぺんのおらしょ(祈り)は、十五のみすてりよ(玄義)とて、五ヶ条は御喜び、五ヶ条は御悲しみ、五ヶ条はぐらうりや(栄光)の御ことわりに対して、申し上げ奉る也」
今から400年前に生きた日本の最初の信者たちも、熱心にロザリオの祈りを唱えていたのであり、その心は、潜伏時代を経て現代にも伝わりました。
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十月はロザリオの月です。
ロザリオは、単に『恵みあふれる…』を繰り返す単調な祈りではありません。
ロザリオは、「キリストのみ顔を観想するために用いられる伝統的なキリスト教的祈りの方法の一つ」(ヨハネ・パウロ二世『おとめマリアのロザリオ』18)であり、「深く内的にキリストを知ることを容易にしてくれます」(同上24)
皆さん、ロザリオをお持ちですか?
もちろん、持っているだけでは意味がありません。
玄義を黙想しながら、そしていろいろな願い事をこめて、今月たくさんロザリオを唱えましょう。
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家族で、親子で、あるいは病人の方と一緒に、声を合わせて唱えるのはすばらしいことです。
また一人で「他に用事ができないとき」を活用して祈ることもできます。
小さな《指ロザリオ》を使えば、犬の散歩中でも、通勤の満員電車の中でも、渋滞に巻き込まれた車の中でも、ウォーキングやジョギング中も、どこででも祈れます。
自分のため、家族のため、世の中のため、たくさんの『あべ・まりあ』の種を蒔いて歩きましょう。
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ではおしまいに、ロザリオにちなんだ小話をひとつ。
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大聖テレジアで有名なスペインのアビラは、寒さが厳しいことでも知られています。
ある寒い冬の夜、アビラの山中にある巡回教会を、「近くを通ったので…」と言って司教様が突然訪ねて来られました。
留守番の老人に司教様が尋ねました。
「こんなに寒いところで、大丈夫ですか?」老人は答えました。
「いいえ、司教様、私はロザリオとウィスキーがあればそれで十分ですじゃ」
司教様は、老人のマリア信心に深く感動しながら言いました。
「じゃあ、私にもそのウィスキーを一杯くださいますか?」
すると老人は大声で叫びました。
「ロザリオ〜!!ウィスキーを司教様にお持ちしろ!」(スペインでは『ロザリオ』は女性名でもあるのです)
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