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カトリック宝塚教会月報 2006年12月号
“雇われ羊飼いのつぶやき”(その1)
クマ…ロバ…イタチ…
(陰口を避ける)
オプス・デイ属人区司祭 酒井俊弘 神父
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 月に一度ごミサをたてるだけの「雇われ羊飼い」に過ぎない身では、可愛い羊たちの役に立つお話など無理ですが、つまらぬつぶやきに耳を傾けてくだされば幸いです。
 長崎の小学校で教えていた頃のある日、朝一番の職員室に、1年生のN君が飛び込んできました。
「せんせーッ!学校の入口で、クマが死んでます!」思わず先生たちはズッコケました。
行ってみると、校門前の車道で大きな・・・タヌキがひっくり返っていました。
 タヌキとクマを見間違えるというのはご愛嬌ですが、実際に見えているものに目をつぶるというのは、よくありません。
「王様の耳はロバの耳」というお話があります。
王様の秘密をただ一人知っていた床屋は、その真実を誰にも告げませんでした。
結果として皆に知られることになるのですが、真実を耳にすることを恐れていたのでは、立派な王様になることはできません。
 宝塚教会に来ると、この王様のことを思い出します。
「素晴らしいお話でした」「来月を楽しみにしています」というようなお褒めの言葉ばかり頂き、中には「ずっと来てください」とまで言ってくださる方がおられます。
もちろん褒められて悪い気はしませんし、こちらとしてもやる気が沸いてきますが、全員がそう思っておられると誤解しないように自戒しています。
 司祭を支えるためには、褒めるだけでなく、直すべき点を本人に指摘することも必要です。
「神父様の耳、ロバの耳になってますけど・・・」と言ってくれる人がなければ、司祭は己の欠点を意識しないままです。
逆に、司祭の耳に入らないところで「あの神父様はロバの耳なのに・・・」と批判することは「陰口」であって、互いの役に立ちません。
 司祭になって初めて頼まれた黙想会で、主任司祭から、「君の声の大きさと話し方ではよく理解できない」と怒られました。
それ以来、この点を注意するよう心がけています。
百の褒め言葉よりも、一つのお叱りの方が、心に残るし、役に立つのです。
 宝塚教会の皆さんは、司祭の欠点を陰口する信者ではなく、司祭に指摘できる信者であってほしいと願っています。
直接言いにくければ、他の方を介して匿名で伝えるのも結構。
はっきりと真実を告げることを通して司祭を育てていくことも、信者の皆さんの大きな務めであると思います。
 最後にイタチの話。
ある未信者の方がクリスマスのミサに与って、「キリストが生まれたところにはイタチがいたのかぁ・・・」と感じ入ったそうな。
真実ははっきりと教えられることが必要なのです。
この方が耳にしたのは聖歌の一節。
「♪きーよし、こーの夜、みー告げ受ーけし、羊かイタチは・・・♪」
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